川島城の斜め向かいには川島神社があります。一の鳥 居をくぐって左側あたりに、
大川隆法総裁が2歳から2年間預けられた保育所がありました。 ( 現・城山児童公園 ) 
保育所は旧川島小学校の敷地へ移転しました。
保育所の次に2年間通った幼稚園。
園では「三羽烏」とも称される、わんぱくな子供の筆頭格だったそうです。
ご両親は些事を意に介する事無く、好漢大器 の将来を慈愛の目で嘱望されていました。
川島城方面へと続く県道 156 号線。
かつて、洗面 器を抱えて御尊父と通われた銭湯「川島温泉」は、
煙突が目印で、この道沿いの左側にありました。
現在のJR徳島線阿波川島駅付近。大川隆法総裁は2年4ヶ月間、
生家から数百メートル離れた家に、早朝から夕方まで預けられていました。
線路沿いに帰途に着くシーンは、最も古い記憶の欠片だそうです。
小学4年生から勉強のために通われた離れの家。
ここで刻苦勉励し内省的な思索の時を過ごされていました。
古い木造の建物で夜を明かされる際は、神秘的な体験もありました。
川島小学校の校庭には、二宮尊徳の像が。
今も、小学校跡地に建つ保育園において、その勤勉と自助努力の精神を伝えています。
©2012 Ryuho Okawa, Happy Science